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    「ファッション」から「今晩のおかず」までを手広くカバーする20世紀的インチキブログ『マイナス2ちゃんねる』へようこそ!
    -2ちゃんねる
    [20110929]
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    脱原発が陥りがちな罠にご注意を!
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    ■ 社会学者の宮台真司と申します。こんにちは。初めまして。国際ジャーナリストの神保哲生さんと一緒に11年前からインターネットの動画配信のニュース解説番組をやっておりまして、10年ほど前から折にふれて原子力発電の政策的合理性について議論をいたしております。

    ■僕がお話したいのは技術的合理性の問題とは別で、「原子力発電に技術的・経済的な合理性がないと証明されても、日本は原発を止められないが、その理由は何処にあるのか」です。2004年に六ヶ所村再処理事業の経済コストを問題視する議論が櫻井よし子さんや猪瀬直樹さんなど保守論壇で提起されて、無視されました。

    ■彼らは経済的合理性がないので六ヶ所村の再稼働をやめろ、もっと言えば核燃料サイクル事業は放棄しろ、という議論をしました。経産省でもこの方向で動く「市場主義派」の勢力がありましたが、残念ながらギリギリの段階で人事的に覆され、六ヶ所村再処理事業放棄という、当時は経産省の主流だった流れが頓挫したのです。

    ■それ以前から原発のコスト的・リスク的・環境的な合理性の議論がなされています。リスク的合理性については社会学者ウルリヒ・ベックがチェルノブイリ原発事故の1986年に出版した『危険社会』に書かれている。原発事故や遺伝子組換作物の花粉が開放系に放出されるリスクは、19世紀的リスクとは違うというのです。

    ■19世紀的リスクは保険を作れることに象徴される。つまり予測可能で計測可能で収拾可能です。事象の利得に生起確率をかけて全事象を合計すれば行動合理性を算定でき、ゆえに保険料も算定できます。ところが20世紀後半以降の予測不能で計測不能で収拾不能な新種のリスクの場合、妥当な保険が作れません。

    ■現行の原子力損害賠償法では原発一機当たりの保険は上限1200億円で、天災免責があります。これを「保険金支払上限なし」つまり青天井で、なおかつ「免責事項なし」にしたらどうなるか。フランスで試算がありますが、大きな事故がないフランスでも電気料金は3倍以上になります。

    ■日本は過去10年に限って事故だらけ。電源に占める原発シェアが3割ですが(フランスは8割)、電気料金の跳ね上がりは3倍ではすまないでしょう。こうしたリスクがまともに保険化されておらず、保険料として電気料金に上乗せされていないということは、原発のコストがちゃんと議論されていないことと同じです。

    ■コストについては、六ヶ所村再処理の議論の際、政府系の委員会が現有放射性廃棄物の再処理コストを算定したところ18.8兆円になりました。これは電気料金に算入されていますが、おかげで日本の産業用電気料金はアメリカに比べて5倍です。これで日本企業の資本流出が起きないのは奇跡だと言えましょう。

    ■日本の電気料金は総括原価方式といって、全コストに3%の利益を上乗せしたものを料金として請求する。これではコスト削減で利益も圧縮されるから、コスト削減動機が働かない。この方式を前提に東電は損害賠償コストを電気料金に乗せようとしています。狂気の沙汰です。資本流出による産業空洞化は間違いありません。

    ■これら出鱈目に取り囲まれる形で、原発の「絶対安全神話」が流布されてきました。要因の一つは1974年に田中角栄内閣の下で作られた「電源3法」の、とりわけ「エネルギー開発促進法」です。それによって、原子力発電所を立地させた村や町には、沢山の一般会計や特別会計からの補助金が出ることになったわけです。

    ■貧しい過疎自治体では、原発の安全性についての議論を全くしないまま、お金が貰えるからという理由で立地を決めます。こうして「原発とともに生きる生活」が始まる。すると反対世論が聞こえてくるので、「俺たちの日常にケチつけんのか」みたいな話になり、かくて賛成派と反対派に真二つに分かれた挙句、誹謗中傷の嵐。

    ■原発立地のために一般会計と特別会計からこれまでに支出されてきた総額は6兆円。これは原発コストに算入されていません。さらに先ほど申し上げた再処理コスト19兆円弱は、算定根拠が甘く、現有放射線廃棄物の再処理に実際どれだけのコストになるのか実はよく分かっていないのです。

    ■なぜなら核燃再処理システムが全く回っていないからです。核燃サイクルの最終処分は高速増殖炉です。プルトニュムを増やしながら原発を運転する。ところが高速増殖炉「もんじゅ」は16年間止まったまま。六ヶ所村の使用済核燃料は満杯。だから福島第一原発にも浜岡原発にも、水に浸けた使用済核燃料が大量にある。

    ■浜岡原発はたしかに止めました。菅さんの功績です。でも福島第一の5号機、6号機と同じように使用済み核燃料が水に浸かった状態で大量にある。そこを津波が襲えば大変なことになります。これが議論になっていないのは変です。原発を止めただけでは、残念ながら安全だと考えることができません。

    ■CO2についても、部分的プロセスだけ見ればC02は出ていないように見える。でも、ウランの採掘、精製、濃縮、運搬、原発建設、何十年に及ぶ冷温貯蔵、十数年がかりの廃炉。これらの全てを含めて考えると、残念ながら「全くCO2が出ない」という議論も戯言です。

    ■ちなみに原発の発電コスト「5.6円」は先に申し上げた理由で出鱈目ですが、加えて言えば、太陽光発電や風力発電のコストが急激に下がりつつあるので、昨年段階でアメリカでは太陽光発電の発電コストが原発を下回りました。今後も技術的進歩で、自然エネルギーの発電コストがどんどん安くなります。

    ■他方、チェルノブィリ級原発事故が起こる確率が、当初言われた1万年に1度から20年に1度に変わりましたが(笑)、それに伴って原発安全施設に対する要求も高まり、立地と建設の予算が鰻登りとなっています。原発の発電コストは、安いどころか高いし、これからどんどん高くなる。それが国際常識です。

    ~~~

    ■いま僕が申し上げたことは2004年段階で原発関係者の知るところになります。先に紹介したように保守派内部でこのことがが議論されたからです。にもかかわらず原発政策は不変です。なぜか。元原子力村の住民に話を伺うと、「今更やめられない」から。2004年以降の原子力村では、安全に関する議論はタブーになります。

    ■「今更やめられない」という科白は東京裁判(極東国際軍事裁判)でお馴染みです。日米開戦直前、総力戦研究所という陸海軍若手将校と官民若手エリートが作ったシンクタンクがシミュレーションしたところ、日本が勝つ可能性はゼロパーセントという結果となりました。この結果は陸軍参謀本部と海軍軍令部に上げられた。

    ■にもかかわらず日米開戦はなされた。参謀本部や軍令部の理屈は「短期決戦ならば勝機あり」。でも出鱈目でした。東京裁判でA級戦犯らが、自分としてはどうかと思ったが、今更やめられないと思った、空気に抗えなかった、と証言するからです。日本の〈悪い心の習慣〉に支えられた〈悪い共同体〉は「永久に不滅」です。

    ■別に原子力村のことだけ言っているんじゃありません。インターネットのコミュニケーションを見れば日本のすみずみに広がっています。3・11以降、ご存じ通り、僕は「東電や政府の言うことを真に受けていたら大変なことになる」として、国内外の情報を大量にツイートさせていただきました。津田大介氏もそうでしたね。

    ■すると、二週間ほどのあいだ、宮台は煽るのか、デマを流すのか、という反応だらけでした。ところが、僕らが事故直後からマル激(インターネットのニュース解説動画番組)で提示してきた最悪のシナリオが、3月25日過ぎになると現実化していることがNHKや朝日新聞で報じられたら、こうした反応はすっかり下火になる。

    ■ここには先程の「俺たちの日常にケチをつけるのか」の如き〈自明性への依存〉が見られますが、加えて〈認知的整合性理論的な歪曲〉も見て取れます。僕は世田谷在住ですが、3月20日の終業式前後には小学校や幼稚園の約半数が疎開していました。疎開させた親たちの多くは僕や津田氏のツイートを見ています。

    ■僕も自分の娘たちをヨコの子も含めて山荘に十日間ほど疎開させました。当初は知り合いの寺に疎開するはずでした。戦時中の疎開みたいだと興奮していたら、前日になって母親たちが「やっぱり寒いのはイヤだ」と計画変更となったのでした。そういうやりとりをしながら、自分たちは幸いなのかもしれないと強く思いました。

    ■こういうやりとりが出来るのはソーシャルキャピタル(人間関係資本)があるからです。逆に言えばソーシャルキャピタルの貧しさゆえに疎開させられない家族もあった。僕の仮説では、この人たちの多くは、認知的整合性理論の仮説通り、疎開の必要性を結論する宮台ツイートに「デマ」のレッテルを貼って、しのいだのです。

    ■認知的整合性理論で有名なのは、ハイダーの認知的バランス理論と、フェスティンガーの認知的不協和理論です。いずれにせよ、自分自身の「変えられない属性」と矛盾しない方向に環境認知を歪めるという心理的な傾きがあるとします。宮台ツイートが「デマ」でないと、この人たちは自分を責めなければならなくなるんです。

    ■〈自明性への依存〉や〈貧弱な人間関係資本ゆえの認知的歪曲〉とは別に、〈所属確認のための陣営帰属&誹謗中傷〉という〈悪い心の習慣〉も見て取れます。典型が、3月25日前後まで殺到した「宮台はいつから反原発になったんだあ」というツイートです。愚昧を予想していたが、ここまで愚昧かと溜息が出ました。

    ■「安全か危険か」は確率論的なスペクトル。二項図式じゃ片付かない。ところが「絶対安全」を主張する原子力村と、「絶対危険」を主張するプロ市民に分かれて、誹謗中傷の嵐。どの程度安全で、どの程度危険か、それゆえにどこに弱点があり、どんな対策が必要か、といったサブスタンシャルな(中身のある)議論ができません。

    ■枚挙に暇がありません。「広瀬隆氏のこの指摘は大切だ」と言ったら、「てめえ、いつからカルト信者になったんだあ」と揶揄され、「小出裕章氏のこの指摘に注目」と言うと、「デマの温床じゃねえか」と揶揄されます(笑)。こうして、サブスタンシャルなコミュニケーションの可能性を遮断されるわけです。

    ■原発問題に限らず、インターネットとりわけ「2ちゃんねる」の世界などでは以前から見られる日本特有のコミュニケーションです。何を喋っても、〈陣営帰属&誹謗中傷〉の対象にして、中身の合理性や妥当性を議論しない。何のためか。一口で言えば、ホメオスタシス・オブ・ザ・セルフ(自己の恒常性維持)のためです。

    ■〈自明性への依存〉〈認知的整合性理論的な歪曲〉〈自己の恒常性維持のための陣営帰属&誹謗中傷〉は、昔ながらの〈悪い心の習慣〉。そのせいで、事実を完全に無視した大本営発表を信じ込み、疑う者を血祭りにあげる。同じく、原発絶対危険論を信じ込み、厳密な比較論議を回避する。愚昧そのものです。

    ■こうした〈悪い心の習慣〉が蔓延する社会空間で、原発政策についてだけ合理性や妥当性についてだけサブスタンシャルなコミュニケーションが出来たら、それこそ奇跡でしょう(笑)。繰り返しますが、いま申し上げた問題は、「原発をどうするか」以前に、「原発をやめられない社会をどうするか」という話なのですね。

    ~~~

    ■これら〈悪い心の習慣〉とは別に論じられるべきなのは、戦後日米関係に由来する〈去勢体験の埋め合わせ〉。日本の原発導入は〈去勢体験の埋め合わせ〉が出発点です。去勢体験とは、原爆投下による敗戦、米国製の新憲法、講和条約締結翌日に吉田茂首相がダレス国務長官に羽交締めにされて署名させられた安保条約です。

    ■北方領土に象徴される米国による外交捻じ曲げもある。元々ヤルタ協定&講和条約で日本は千島列島を放棄した。南千島と呼ばれた国後&択捉を含みます。放棄させたのは米国。これを前提に、歯舞&色丹の二島返還で日ソ平和条約を結ぼうとしたら、ダレスが「四島返還を主張しないと沖縄を返さない」と脅します(1955年)。

    ■無茶です。日本は米国の指図で国後&択捉を放棄した。それをソ連は知っている。そもそもヤルタ協定の米ソの手打ちなんだから。ところが放棄の3年後に、米国が国後&択捉は日本の領土だから放棄するなと脅してきた。もちろんソ連が飲む可能性はゼロ。それを承知で米国は無体な要求をした。日ソ間に楔を打ち込むためです。

    ■米国に言われるがままに外務省は「北方領土」という前代未聞の珍概念を考案し、政界からは対米自立の志向する鳩山一郎勢力が一掃されます。解決寸前だった日ソ領土帰属問題は米国の意図通りに暗礁に乗り上げる。これらは露骨な内政干渉で、事情を知る人たちには去勢体験として受け止められます。

    ■鳩山一郎的な対米自立志向・去勢体験克服志向の一環として、日本の原発導入に反対する米国を無視して、正力松太郎が英国製原子炉を導入しますが(1956年)、原子炉導入をめぐる日ソ接近を警戒した米国が、態度を一変、兵器転用がしにくい軽水炉技術の日本への提供を決めます。〈米国に依存した原発政策〉の始まりです。

    ■背景に、1953年の第五福竜丸事件以降、日本で反米・反資本主義の機運が高まっていたことがあります。かかる機運のもと、日本が米国から離れたところで原発導入を進めることを米国が警戒したわけです。かくして、「米国による去勢体験の克服のための原発導入」が、「米国に依存しきった原発導入」に捻じ曲げられました。

    ■こうした捻じ曲げの次第に加え、米国が最大の影響力を持つIAEA(国際原子力機関)の組織目標が日本の核開発の監視だということ--日本の核兵器保有を最も嫌うのが米国であること--もあって、日本の原子力政策が兵器転用可能性を睨んで推進されるという可能性は、タンポイ舎のおっしゃることに反して一切なくなりました。

    ■ただし、平和利用であれ兵器利用であれ核開発が「力のシンボル」であって、それゆえ〈去勢体験の埋め合わせ〉として国民や政治家から待望され歓迎されたことは、歴史心理的な事実です。その延長線上で、石原慎太郎の如きマッチョ政治家が、もはやあり得ない兵器転用を妄想しながら原発政策を支持してきた事実もあります。

    ■米国と一戦構えるならば別ですが、「今後の日米関係が重要だ」「日米同盟は今後も必要だ」とか言う保守陣営が、舌の根も乾かぬうちに「核の兵器転用可能性」を口にするのは、排中律--「AでありかつAでない」ということはない--を無視した妄言です。でもこうした妄想ゆえに政治家が原発に固執することはあり得ます。

    ■こうした政治家の妄想的動機は、原発推進の真の動機を覆い隠します。日本原電を含めた10電力が原発に固執するのは、地域独占供給体制を維持するためです。つまり、送電網を持つ企業が発電と配電も一手に握る「垂直統合体制」を維持するためです。それを維持するのは、政官界に跨る巨大権益を維持するためです。

    ~~~

    ■「垂直統合体制」といえば少し前までのNTT(日本電電公社)がそうです。電話網という「土管」を持つ企業が、「土管」に接続できるものを、入口も出口も含めて一手に握っていました。それに反旗を翻したのがソフトバンクの孫正義氏です。通信から電力への彼の戦線拡大は、「垂直統合」への抵抗において一貫しています。

    ■日本以外の先進国では「垂直統合体制」はもうありません。「原発事故を起こした以上、計画停電は仕方ない」と思う方がいるとして、この思い込みが愚昧なのは、「火力で補える」とか「他の地域独占電力から融通できる」という以前に、電力を東電一社から買わなければならない事態を、自明だと思い込んでいるからです。

    ■先進各国では電力会社を選べるし、電源も選べるし、自家発電も選べます。スマートメーターでのモニタリングをベースに家庭や企業が最適ミクスチャーを考えて電源購入をしたり長期的投資をする。家庭や企業の長期的投資のベースになる計算可能性をもたらすために全種全量固定価格買取制度を作る。これが標準的になりつつある。

    ■こうした仕組や制度は、北欧諸国では1980年以前から少しずつ導入されます。ドイツでは1990年から導入され、周辺国に拡がっていきます。結果、2005年までは太陽光パネルの生産額は1位シャープ、2位京セラだったのが、今では上位を、ドイツ、アメリカ、中国などが占めるようになりました。栄華も今は昔となりました。

    ■1990年以降ドイツやイギリスから拡がる流れの背後に、1986年のチェルノブイリ原発事故を契機に〈エネルギーの共同体自治〉が人々によって志向されるようになったことがあります。さらにこうした動きの背後に、1970年代の福祉国家体制と欧州経済の行き詰まりを背景に〈食の共同体自治〉が拡がっていたことがあります。

    ■要は「市場に依存しすぎても危ないし、国家に依存しすぎても危ない。食とエネルギーについて共同体自治を貫徹することで、共同体の相対的〈自立〉を図ろう、巨大システムへの〈依存〉からの脱却を図ろう」というわけです。こうしたソーシャル・デザインの観点から、食とエネルギーの共同体自治が志向されたわけですよ。

    ■この点、日本は出鱈目です。日本ではスローフードはオーガニックやトレーサブルなものを食べることと勘違いされている。お笑いです。「顔が見える相手に作って売るから良いことをしたいと思い、顔が見える範囲から買うからスーパーより高くても買おうと思う」という〈近接性による動機づけ〉がスローフードの目的です。

    ■「オーガニックやトレーサブルを買いさえすれば」というのは、スローフード運動の席巻を恐怖した米国の巨大スーパーウォルマートのマーテケティング戦略ロハス(Lifestyle Of Health And Sustainability)です。ロハスは単なる個人的趣味つまり〈ライフスタイル〉ですが、スローフードは〈ソーシャルスタイル〉です。

    ■このまま放っておくと、スローフードが単なる食材種の問題に縮んだように、脱原発も単なる電源種の問題に縮んでしまうでしょう。「巨大スーパーよ、農薬漬け野菜じゃなく、有機野菜を売れ」と同じように、「地域独占電力会社よ、原発でなく、自然エネルギーを売れ」という、実にくだらない話で終わってしまうでしょう。

    ■むしろ課題は、市場や国家などの巨大システムへの〈依存〉を自明視せず、相対的に共同体の〈自立〉を志向することです。欧州各国は、1980年代以降の〈食の共同体自治〉、1990年代以降の〈エネルギーの共同体自治〉の流れの上に、21世紀を迎えています。二酸化炭素削減問題も、そうした流れの延長線上にあります。

    ~~~

    ■日本は、欧州各国が〈食の共同体自治〉から〈エネルギーの共同体自治〉へと歩みを進めつつありました、まさにそのとき、日米農産物自由化交渉から日米構造協議への流れの中で、一方で米国言いなりの自由化と規制緩和で〈市場依存〉を加速し、他方で米国言いなりの430兆円公共事業の約束で〈国家依存〉を加速しました。

    ■かくして、80年代から90年代にかけて共同体空洞化が加速しました。そこに1997年のアジア通貨危機に発した平成不況深刻化が襲います。それまでは「社会にあいた大穴を、辛うじて回る経済が埋めてきた」ところが、経済が回らなくなった途端、「社会にあいた大穴に、人々がぼこぼこ落っこちるようになった」わけです。

    ■その結果が、英国の4倍、米国の2倍に及ぶ自殺率であり、恥さらしな超高齢者所在不明問題や乳幼児虐待放置問題の蔓延であり、孤独死や無縁死の蔓延であり、死んだ人の三分の一以上が葬式を出してもらえず御焼場に直送される事態の蔓延です。東日本大震災の遥か以前から、日本社会は事実上「終わって」いたんですね。

    ■日本社会の「終わり」は震災対応にも見られました。海江田大臣の掛け声で被災地に大型トラックが列をなして救援物資を届けましたが、末端ディストリビューションで躓きました。大きな避難所ほど物資の取り合いが起こり、全員分の物資が届くまで配分できないという事態になりました。義援金もまだ殆ど配られていません。

    ■行政を批判する向きがありますが、超高齢者所在不明問題で行政を批判するのと同じ勘違いです。行政は平時を前提にしたシステムです。災害時にはうまく機能しない。例えば、義援金にしても重複給付を避けるには罹災証明や被災証明が必要ですが、これら証明書類に必要な免許証やパスポートが流された以上、簡単じゃない。

    ■その点、平和さや穏かさが目立ったのは、創価学会の避難所や寺の避難所でした。信仰仲間だとか檀家仲間だといった我々意識があって、例えば配給物資についても「お先にどうぞ」と言えるからです。そう、配給物資や義援金のスムースな給付は、どこの国でも、地域共同体や信仰共同体などの中間集団がなければ不可能なんです。

    ■共同体空洞化という意味で日本社会がとっくに「終わって」いたから、末端ディストリビューションで躓いた。東北社会の絆が喧伝されたけど、勘違い。レベッカ・ソルニットの言う「災害ユートピア」が現出しただけ。平時のシステムが頼れないから「昔とった杵柄」的に年長者の「過去のリソース」が動員されただけです。

    ■欧米では1980年代から1990年代にかけて、北イタリアに発するスローフード運動以外にも、カナダのオンタリオ州に発するメディアリテラシー運動や、アメリカのアンチ巨大マーケット運動などが拡がります。共通して、市場や国家などの巨大システムへの〈依存〉の過剰さを戒め、共同体の〈自立〉を図ることを目標にします。

    ■社会学ではこれらを「新しい社会運動」と呼びます。従来の階級闘争史観に基づく階級的再配分を要求する類の〈生産点〉での運動でなく、反核運動・消費者運動・ジェンダー運動・貧困撲滅運動などにみられるような〈消費点〉での運動で、最も重要なのは、市場や国家など巨大システムによる諸個人の分断に抵抗する点です。

    ■日本では残念ながら生協運動どまり。生協の運動体内部では社会的アドボカシー(社会のあり方についての価値の訴え)があったけど、外部つまり一般消費者に対してはアドボカシーがなく、せいぜいが「安心できる食材の便利な宅配サービス」でした。だから諸政党は今も〈生産点〉(資本か労働か)をベースにしたものです。

    ■〈消費点〉の「新しい社会運動」が拡がっていれば、電気を電力会社1社からしか買えないがゆえに計画停電を甘受するようなげたメンタリティはあり得ない。コミュニティ銀行によるファンディングに支えられた「世田谷電力」や「杉並電力」など住民参加型の地域電力会社が、送発電分離を前提に拡がっているはずです。

    ■その意味で、東電が潰れたら困るなどという発想はありえないし、損害賠償額を電気料金に上乗せさせるなどあり得ない。つまり、東電を潰したくない経産省と、金融機関に債権放棄させたくない財務省の、役人たちが暗躍した結果としての「民主党政権内から出てきた」東電賠償図式ほど、滑稽なものはありません。

    ■あれこれ危険が指摘されてきたのに無策を通した東電に総計9兆円貸し込んだ銀行が、債権放棄するのは当然。三井住友銀行が困るだけ。金融不安などあり得ない。債権放棄させたら東電にカネを貸す銀行がなるなる? いいですか、誰も東電如きに融資する必要などありません。単に破綻処理して資産を吐き出させればいいだけ。

    ■財務諸表を見る限り、送電設備と発電設備を売却させるだけで5兆6千億円。東電は約170の関連会社の「株式等の資産」を持っているから、それを売却させるだけで2兆7千億円。設備売却額は簿価だけど、KDDIなどの株式も大量に持っているからこれも売却させる。全部で8兆円は出るから、損害賠償に当てればOK。

    ■多くの大企業は、電力一部自由化を背景に大規模な自家発電の運用実績があるから、東電如きが潰れても、東電が持っていた設備の運用については困りません。困るのは、銀行関連の天下り先を持つ財務省の役人と、東電関連の天下り先を持つ経産省の役人だけです。もう一度言うけど、東電は即刻破綻整理すべきです。

    ~~~

    ■最後に日本国家の統治体制の出鱈目を確認します。第一に、日本の統治には、民主主義の基本である〈引き受けて、考える作法〉のかわりに〈お任せして、文句を垂れる作法〉が一般的です。「自民党支持者が平時は投票に行かず、贈収賄事件などがあるとお灸をすえるために共産党に投票する」といったパターンが典型です。

    ■第二に、こうしてお任せされる側が、近代社会の基本である〈知識を尊重するコミュニケーション〉のかわりに〈空気に縛られるコミュニケーション〉に淫する。かつての参謀本部や軍令部における「今さらやめられない、空気に抗えない」もそうだし、昨今の原子力村における「今さらやめられない、空気に抗えない」も同じです。

    ■第三に、政策的誘導は、1980年代以降の欧米で一般的な、市場ルールを変えて、儲けたい人の戦略を変えさせる〈市場インセンティブ〉型でなく、特措法を作って特別会計からつぎ込み、カネの適正配分を口実に特殊法人や財団法人を作って天下り先を確保する〈命令&報奨〉型が専らで、創意工夫もないし、持続可能性もない。

    ■〈引き受ける政治 × 知識尊重 × 市場インセンティブ型〉国家と、〈任せる政治 × 空気拘束 × 命令&報奨型〉国家とを比べて、どちらがグローバル化(資本移動自由化)を背景にした過剰流動的状況における、環境適応能力や安全保証能力に秀でているのか。議論の余地もない。日本の統治は「終わって」います。

    ■〈引き受ける政治 × 知識尊重 × 市場インセンティブ型〉国家では、人々は共同体自治をベースに〈自立〉しますが、〈任せる政治 × 空気拘束 × 命令&報奨型〉国家では、人々は共同体を空洞化させて巨大システムに〈依存〉します。こうした統治の類型論を背景にすれば、共同体自治が〈悪い心の習慣〉に浸された〈悪い共同体〉に堕落しないために必要なことが、明確に分かるはずです。

    ■〈悪い共同体〉は、参加主義でなく権威主義で、知識主義でなく空気主義で、それゆえ〈自立〉的でなく〈依存〉的です。〈良い共同体〉は、権威主義を退けて参加して引き受け、空気主義を退けて知識や科学を基盤とし、それゆえ自明性への〈依存〉という思考停止を退け、共同体保全のための工夫を〈自立〉して展開します。

    ■お分かりのように、〈共同体自治〉が重要なのは、寂しいからとか一人では生きられないからとかではない。その程度の話であれば周到に設計されたシステムで対応できます。そうでなく、市場や国家(行政官僚制)など〈巨大システム依存〉が、環境適応や安全保障の面で、流動性が高い状況下で機能不全を抱えがちだからです。

    ■再確認すると、「脱原発」が「東電よ、原発ではなく自然エネルギーを使え!」といった電源種の話に縮んでは元も子もありません。経産省の役人たちは当然、自然エネルギー化を前提にした「特措法・特別会計・特殊法人・天下り」図式を考えているでしょう。皆さんもウカウカしていたら寝首をかかれます。ご注意を!



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    2011-09-29(Thu) 00:00 ニュース | 編集 |
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