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    R4:20

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    QUÉDESE POSITIVO

    1年=12ヶ月は短すぎる‥

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    「ファッション」から「今晩のおかず」までを手広くカバーする20世紀的インチキブログ『マイナス2ちゃんねる』へようこそ!
    -2ちゃんねる
    [20120702]
     官邸前から戻りました。一言で言うとまだまだ人数が少ないです。勿論、前回よりも多かったのですが、まだ全然足りません。数万人単位は間違いなくいたと思います。しかし、本当に現場で警察があわてている状態ではありません。ただ、あわてはじめている状況。それでも、現場に来る警察幹部の顔色にはゆとりがありました(たまたま僕のいた場所は警察幹部が黒塗りをとめて、確認しにくるポイント)。しかし、こういうレベルの人数では、まだ社会を大きく変えることは難しい。参加する人々には、まだ一歩、要努力です。勿論、組織動員でなく、市井の何万人もの人々が、実際に抗議の声を国会周辺でおこなっているのは、何十年ぶりの事。この流れをとめてはなりません。「紫陽花革命」という花は、まだ開いてはいないのですから。

     また、僕が昔記者指導したカメラマンが、デモ参加者に「撮っても、流さないないんだろ。どうせ。」と罵倒されていました。個人的には、気の毒でしたが、メディア不信が強まっていることを、メディアが認識することが肝要です。こういう感覚を皆さんにメディアがもたれると、本質的にメディアは裏切り者になります。どうしたら、そうならないのか、胸に手を当てて考えるべきです。

     東京の近所にいる八十代半ばの、音楽系の芸術家の男性と半年ぶり位に歓談しました。きのうのお昼前の話です。彼は去年、奥様もなくされ、年齢的にも都内にとどまる選択をしていますが、放射能について、「いつごろなくなるのだろう」と言われて、僕がセシウムの半減期を話したところ、次のようにいろいろいわれました。

    「東京は、勢いがなくなっている。この世の終わりだろうね。僕はこの年だから動けないけど。これは見えない戦争。太平洋戦争前の東京から鳥取にいちはやく疎開したことを思い出した。あのときは空襲の現実感はなく、まわりはさめてみていた。B29が本格的に稼働される前。サイパン陥落の前だからね。大方は、東京が空襲されると思っていなかった。ぼくの家だけだよ。避難疎開したのは。でも、そのことが大当たりして、うちのおやじが、東京で空襲にあった親族を助けたことがあった。本当に感謝された。そもそも木戸大臣の発言として『日本は負ける』という話を聞いたことをこっそり家で話していると、それが特高に筒抜けになり、やられるそうだったこともあった、そういう時代の話。分っている人は分っていても、何も話せない状況。ああいうことと、今起きていることは本質は同じ話なんだよ。」と。

     この高齢の男性とは、いろんなことでよく話をしていましたが、太平洋戦争の疎開の話ははじめて。僕の家が、大阪・難波からいち早く疎開した話とだぶります。

     「要は寿命が縮まることを、この東京にいれば覚悟するだけの話。命は限りがあるから、それがさらに短くなるだけ。その覚悟。逆に命をつなげたいなら、逃げるしかないだろうね。でも、大切なことは、そうやって延ばした命を、どういうふうに使うのかという事。延ばす命を今までのような使い方をせずに、意味ある生き方をしないと、駄目。命の長さだけではなくて、新たに目的を作って、生きていくという事です。」

     このご老人のおっしゃるように、そうすれば、みんな、避難してもいろんな展開がおこる気もします。それが肝要かと。繋いでいく命の意味を新たに作り変えていく状態がなければ、確かに避難して、命をつないでも、その意味はない。実は、避難移住し、命をつなぐことは、その人たちの人生、生き方を大きく見直すことにつながる。むしろ、その「生き直し」こそが、放射能被害から生み出されたのかもしれません。

     「それでも、俺も金があったら、米子に行くんだけどな。あそこの、のどぐろは、刺身も煮ても焼いてもうまい。あんなものを食べたら、二度とこの辺の魚は食べられない。あっ、この辺の魚はそもそも食べられないが。」と笑っておっしゃいました。

     このあたりの近所は、三十世帯程度の一軒家と古いマンションが一棟あるだけですが、お年寄りがこの方の奥様を含めて去年三人亡くなっています。元気だった方が、突然亡くなったケースもあります。話をしていると、ぼくがこの家にいるときに感じている、ふくらはぎの違和感を、このご老人も感じていて「腑に落ちた」とおっしゃっていました。実は、このご老人のななめ隣りの男性は、避難移住されていて、その男性も「木下君がブログに書いていた、ふくらはぎの違和感は、ぼくも感じていた。読んだとき、えっと思った。」と言われていました。僕の東京の近場で、似たような感覚を共有して気づいている人たちが存在することは、少し不思議ですし、この地を選んだものの、シンクロかもしれません。

     「あなたも、気づいていると思うけど、都内でも、こんな利便性の良い場所に、こんなに緑のあるところはないから、本当に多くの鳥も来ていたけど、あの後はほんとにこないね。カラスだけ。虫もこの季節悩まされていたのに、ほんとに少ない。蚊が少ないから、ましなこともあるけど、逆に不気味。雑草とかの成長も、前と違う。草木が多いから、識別が付きにくいけど、大きさが違う。もとのところじゃないよね。」とも言われました。僕も懸念していた内容と、おんなじ話を、ぼくより何十年も前からこの地に住まわれていた彼から伺うと、僕の肩に重みをさらに感じている話にもなりました。

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    次のアドレスが僕の連絡先です。いろんな形でのご依頼やご相談はまずメールでお願いします。nagaikenji20070927@yahoo.co.jp



    「関東・南東北の被曝エリア(東京全域を含む大半のエリア)にいる皆さんは、放射性物質の少ないエリア、できれば愛知県から西のエリアに、移住するべきです。妊婦、子供、未成年、妊娠可能な女性は優先して移住すべきです。他の皆さんも極力移住してください。被曝から一年が経過しています。初期被曝は深刻で、慢性被曝の影響がさらに危険です。食物、飲料のみならず、吸気による被曝も軽視できません。回避する方法は限定的です。あなたやあなたの家族の命が何よりも大切です。一刻も早く移住してください。」



     「健康被害と思われる事象が顕著にあらわれている方は、僕までメール下さい。事故発生当時の行動記録や数値データなどを細かく教えてください。問い合わせの内容も書いてください。健康被害の状態を皆で共有化し、事態の推移をあきらかにしていく作業が最も必要です。nagaikenji20070927@yahoo.co.jp」





    木下黄太のブログ  「福島第一原発を考えます」
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    2012-07-02(Mon) 18:00 ニュース | 編集 |
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