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    QUÉDESE POSITIVO

    1年=12ヶ月は短すぎる‥

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    「ファッション」から「今晩のおかず」までを手広くカバーする20世紀的インチキブログ『マイナス2ちゃんねる』へようこそ!
    -2ちゃんねる
    [20120709]
     僕は意識の違いというのは、昨年シンポジウム参加の時にも感じています。首都圏からの避難や、食べ物への警告をシンポジウムでも話す僕。終了後、普通の居酒屋、打ち上げ会の席で、大半の関係者がおいしそうにサラダを食べていたのをみて、「反原発運動のリアルは何?」と強く疑問を感じました。
     また。僕は、国内の反原発運動側に対しては、推進側同様に、一定の注意をして対応しています。おそらく、本質的にこの事故の、特に東京の被害を直面しない人が多いのだろうとおもいながら、活動しています。僕の主張はそこを踏んでいるため、都合が悪いのだろうと感じています。

    反原発サイドから、妨害めいた話は、初めてではありません。バンダジェフスキー博士の来日を妨害したのは、反原発側の立ち位置にある雑誌のヨーロッパ特派員を名乗る人物。長らく反原発活動をしていて、彼に近い立場の数人も共同歩調。博士本人に木下に協力するなとメールが届き、来日を潰されかけました。

     沖縄の平和団体の事務局と、博士来日について協力を依頼。現場で快諾していただいたにもかかわらず、別から横やりが、本土から入りました。反原発の専門家などから、「内部被ばくを認める講演をやって、責任が取れるのか」と言われ、協力は立ち消えに。わびられたとも聞きました。

       正直、話のつながらない、反原発団体の方たちは、今起きているリアルをどう確認しようかとしている、僕の感覚はおわかりにならないと思います。おそらくそうしたリアルとは関係なく、「原発反対」のイデオロギーによる主張が圧倒的に強い。僕はそうしたスタンスに違和感は強くありました。

    僕には、放射能による健康被害は相当リアルで、これをどのようにとらえて、どう対処するのかしか、本質論はないと考えています。全部を犠牲にして、そのことを中核にとらえて行動しているつもりです。瓦礫の広域拡散に反対しているのも同じ理由です。
     土壌調査にしても、首都圏の汚染状態を認識するしか、スタートポイントがなく、誰もやらないから、僕が呼び掛けて行いました。それではっきりしたことは都内の汚染は特に酷い。ウクライナのキエフレベルは最低想定という事です。これをベースになにがおこるのかを考えて発言しているだけです。全国でも土壌調査をすると、関東・南東北の大半は厳しく、しかし、その周辺を除く中部より西日本と、北海道はおおむね守られたこともわかりました。日本の地形が幸いし、汚染エリアと非汚染エリアの差は鮮明になっています。ウクライナやベラルーシ並みの関東南東北。それ以外は、ヨーロッパほども汚染されていない。こうした状況から考えて、人材が集中しているはずの首都圏で、年々、健康被害は顕在化しますし、DNAを傷つけていくことそのものは、どんどん進行している環境なのはあきらかです。この点で、首都圏からの避難も、子供、未成年、妊婦、妊娠可能な女性に呼びかけています。日本を守るために。

     おきるかおきないかは、神でありませんから、勿論わかりません。しかし、相当な放射性物質がむき出しで存在する環境に首都圏はある。何が起きてもおかしくはないです。こんなことは、少し考えればわかります。その物質が人体に影響を与えるもので、当たり前に環境下に多く存在する。免れたら僥倖です。

     何かが起きるリスクが首都圏にあることを前提に、僕はすべての活動を一貫して行っています。身体症状の報告は、ぼくに数限りなく寄せられています。しかも、何人、医療専門家に聞いても、被ばく対しての有効な回避策は、チェルノブイリ関連では存在しないのです。しかし、災厄は、おこっている。これが現実。

     そうしたならば、首都圏でも、同様の状態になることを想定して、リスクコントロールの観点から回避策をとるべきだと言うのが、僕の主張です。もちろん、顕著な身体症状や、甲状腺の異常、血液像の異常が出た場合は、議論の余地は、ほぼないと思います。リアルに危険に直面しています。避難は第一選択肢です。

    そこで、東京にいたいとの気持ち、生活を変えたくない気持ちと僕の主張はぶつかります。ですから、僕をデマとすれば話は簡単です。だから、どうしようもない、ツイートなどで、ネットでデマ扱いをしてくる人々がいる。現実に、名前を出して、僕と対面したり、きちんと申し入れをする者は今だ皆無です。僕にとっての反原発は、福島のみならず、関東南東北の人々に壊滅的な打撃を与えるリスクを、福島第一原発の事故がもたらした以上、原発はすべて停止し、極力早く廃炉するしか方法がない。日本を守るためには、選択肢がなくなったという認識に基づいています。

     これは、反原発という主張のための話ではありません。エネルギーシフトという夢物語の主張のためでもありません。こうしたイデオロギーや夢は何の関心もありません。僕には、リアルな放射能被害という現実を、これ以上、拡大させないための、生存競争に他なりません。だから、選択の余地がない。

     日本や日本人という存在が、この世界で残れるかどうかという危機感に基づいて、行動しているだけです。この点で、官邸前デモについては、主催者と大きく認識が違う事は前提として、それでも政治的なパワーの結集につながるなら、協力した方が、リアルな防衛にも、プラスと判断し、呼びかけました。

     主催側が、こちらの放射能による健康被害的な主張を除外したことを公言しなければ、そのままデモに向かう話です。しかし、それを公言した以上、この点を踏まえて参加呼びかけをしている僕は、やめるしかないと決断しました。相手の内容の稚拙さ、子供をこさせる危険度も含め、不参加を勧めました。

     僕にとっては、放射能による健康被害が、顕在化しないなら、原発を止める理屈は成立しません。御用学者の主張通りなら、原発を維持して構わないと思います。もちろんそんなことは、成り立ちませんし、健康被害は福島にとどまることはありえません。都内でも、顕著に出ています。

     結局、放射能による健康被害というリアルに直視する人と、直視しない人しかこの日本には存在しません。直視する人は圧倒的に少数です。しかし、申し訳ないですが、この現実が顕在化すると、圧倒的多数になります。しかも怨嗟の声がとどろくことになると。僕は考えています。

     この場合、この国で原発を継続するリアリティが、喪失していく事になります。はっきりいって、続けられるはずがない。こうした観点で、僕は原発に対してNOを言い続けます。しかし、官邸前デモ主催者側のような、その悲劇のリアルに眼を閉じる人たちと僕のスタンスは決定的に溝ができたという事です。

     こういう僕の考えがお嫌な方は、どうぞフォローをお外しください。ブログの読者もおやめください。誰もが僕の情報をアクセスしなければ、僕が何を言っても、無価値です。誹謗中傷する方たちは、僕にきちんと対面して言う勇気もないようだから。

     しかし、今回よくわかったのは、どんなに僕個人が話しても、この健康被害に直面して、きちんと対応しようとする、リアルな感覚があり、リスクコントロールをわかる人は本当に少ないという事です。僕の講演会に来られている方の大半も、違うと僕には思えています。

    身近な人間の大半もそうです。僕には、居場所はありません。自死という言葉を覚悟として使うのも、いよいよ本質的に居場所がないという強い思いがあるからです。おそらく切り開けないと、物理的にせよ社会的にせよ、「死」という想定も意識せざる負えない状態だと僕は認識しています。

     原発事故による首都圏からの退避を呼びかけた時から、自分がテレビの社屋を出る決断をした時から。僕の中にはずっと「死」というもののリアリティは迫っています。放射能で死ぬのは、あまりに割が合わないので回避したいのですが、この主張を続けることと東京との溝は深く、僕はぎりぎりの立場です。

     いつも思いますが、本質的に人間は一人ですし、自分のことは自分で決めるしかありません。それは一面の事実です。しかし、一面でしかありません。

     この事故がおきた時に、自分の人生は、自分の判断で決められないというリアルを僕は極限まで体験しました。しかも、そこには、生死の際まで見えています。どうにもならない。この状況下で、しかしまだ、生かされている中で、自分が何をできるのか、何をできないのか、ぎりぎり問われている状態です。

     僕はこうした地平にいて、今まで、テレビマンとして、そこまで意識的にしたことのない、他人を変えるという作業に着手しました。他人を変えて、この危機を認識させることを、ぎりぎりの決断でおこなっています。テレビの世界で、なんとなく示唆する程度の話でとどめていたことを、全開で行っています。

     他者を変えられないという話を頂きますが、僕は真っ向から否定します。他者を変えられないなら、僕はこんな言説を一切せずに、財産を処分し、海外逃避します。これが最善の策です。しかし他者を変える、国を変えることを、自分のこれまでの仕事の意味も踏まえ、為すべきと決めたから、行動しています。

     この活動を行うかどうかは、去年の3/18から数日間悩みに悩みました。自分がテレビで呼びかけられず、避難した以上、完全に筆を折るべきか否かも含めて、相当に悩みました。悩んだ末の結論は、その時点から、更なる爆発がおきた場合、一生後悔することを思い、この活動を決断しました。少なくとも、自分がいたテレビの世界のどんな人間よりも、まっとうな対応はできたと思います。ここまで、皆がごまかし続ける選択は続けるとは思いもよりませんでした。

     この時に、僕はいろんなことを他者に呼びかけることになると感じていました。呼びかけることで、他者を変えられるという想定を持たなければ、僕はここまで呼びかけません。他者が他者を変えることは、傲慢でもなく、実は普通におきていることです。心理学的にはある意味常識。これは僕の基本命題です。

     勿論、自分がかかわるべき人間を変えることしか、この本質はありません。自分と無関係な人々を変える話ではありません。こうした観点で、僕はこの活動を始めています。健康被害の報告を聞き続けるにつけ、それは、僕の内面の中で、速度を増しています。比較にならないくらい。

     この原発事故によって、いろんなことが災厄となりましたが、しかし、その本丸は健康被害です。これは、リアルです。このリアルを否定して、反原発に本質的なリアルは存在しません。ここが肝心要なところです。この問題をスルーしている人たちは、僕は本質的に、反原発ではないと思います。

    現実を踏まえて、社会を変革する活動をしている訳ではなく、そのリアリティを放置して、自分たちのなんらかの意識充足のために活動しているのだと思います。それ自体、本質的な意味を有しませんので、そうした活動から、新たな社会的権能を果たすグループが登場してくる可能性は低いと判断しています。

     反原発派という存在そのものが、実は原発推進側にとって、都合の良い存在であることも否定しません。しかも、チェルノブイリの実態を知る海外の有識者たちは、反核・反原発を言う日本の団体や著名人の一定範囲が、チェルノブイリによる健康被害を認めず、推進側よりもひどい認識をご存知なのです。

     推進側がひどいのは言うまでもありませんが、御用学者や推進側ではなく、一見、反対側の立場だったり、そこに寄り添うふりをする人物や組織が、今の現実はもっと見つめなくなっているという実態があります。東京で活動のメインがあること自体、僕はその証左と考えています。

     つまり、推進側にせよ、反対側にせよ、東京が拠点ならば、放射能による健康被害というリアルが東京でおきるという想定は、あっては困るのです。一般の皆さんもそうです。そこの普段の日常を恙なく過ごしたいのです。その幻想を維持できませんという事を強く僕は述べているから都合が悪いのです。

     僕に対して、見解がおかしいから、諌めたいというまともな人物がいるなら、すでに僕の眼の前に登場して対話があるはずです。しかし、何回も書きますが、名乗ってまともな対話をして、僕を諌めようとする人物は一年三か月皆無。僕を直接いろんなところでご存知の方は、わかりますが、話せば早い人間です。

     そういうまともな対応がなくて、くだらない中傷ばかりネットで、大半は匿名で続けているだけです。こちらは、覚悟して対応するつもりでも、そんな人間は皆無です。僕はリアルを見ようとしますが、リアルを見ようとする人間は、実は世の中にほとんどいないというリアルを、見せつけられていることになります。

     だから、こちらはさらに孤立感は深まりますし、居場所は全くありません。これは、この数週間どんどん感じていたことです。さらにその思いは強まりました。

     僕が嫌で、僕の言うリアルが妄想と言いたい人たちは、冷静に呼びかけて、僕のフォローをやめるように、ぼくのブログを読まないように言えばよいです。誰もフォローせず、誰もブログに来なければ、僕の影響力は皆無になります。気違いの戯言として安心して眠れます。

     僕も心理的に追い詰められていますから、攻め時ですよ。仕留めればよいと思います。僕は社会的にも物理的にも「死」を想定して生きていますから。こうした事態がおきることは、致し方ないことです。

     ただし、僕が「死」んでも、おこるべきことはおこります。それは、災厄を免れようとしても、免れない人もいると思いますが、そのことをごまかし続けた人々には、よりはっきりと訪れます。それは、僕の存在、不存在に関わらず。関係なく、みなさんに訪れるだけです。

     「自分のことは自分で決める。指図は受けない。」勇ましいセリフです。しかし、断言します。あなたはほとんどのことを自分で決められていないし、自分で決めたとおもっていることすら、実はそうでないことも多いのです。これだけ、決断を即座に続けている僕は一番そう思います。人はそういうものです。心理学的にいくら考察しても、本人が自分の意志で決められることが少ないです。自己決定は、僕には本当に妄想です。潜在意識下の影響は大きいのです。

     この一連の流れは、まだ序の口と思っています。はじまったばかり。本番はこれからです。日本人や日本はさらに試される事態になります。どんどんと、健康被害の実相は政府や御用学者がごまかしてもとどまることはありえません。反原発グループの妄想など関係ありません。リアルは目の前にやってきます。

     今回の事態は、政府も、政治家も、官僚も、経済人も、マスコミも、あなたの大切な人も、家族友人知人も、東京にいる限り、このリアルを見ないという状態になっていることです。僕は東京でのさまざまなものをすべて失いました。このリアルを伝える僕という存在は邪魔。皆の意識から、僕が除外されます。

     今回のデモ主催者の除外感覚もおんなじことです。都合が悪いから、除外するそれだけです。事の本質が、放射能による健康被害が、リアリティをもって、東京にいるぼくらに押し寄せてくることを想定した発言を許せないし、不快なのです。だから、排除したい。本当に情けなくなります。

     テレビを通して僕は、リアルを伝えようと二十年奮闘していました。その伝わらなさをかみしめながら。そして、今回さらに同じことを、しかしもっと多くの人に襲いつつあるリアルさえ、認識しない状況を、僕は見せつけられています。この伝わらないリアルをお前こそ認識しろ、あきらめろと悪魔に囁かれる気分です。

     僕が「死」というものを覚悟しながらも、抗うしかないと思っているのは、このリアルを乗り越える方法論も見つからないし、居場所もないことです。自分が「他者を変えられる」という命題を立て動いた以上、変えないとどうにもなりません。その途中経過は厳しいものがあります。楽観はまるでできません。

     何にもないんだと思いたい人たちは、東京のあらゆるところにいて、意識的にも、無意識的にも、僕のような主張を除外します。この心の流れの渦は、ものすごい質量でとにかく僕を押しとどめようとしています。官邸前デモの主催側の本音もそこにあると僕は確信しています。相容れません。

     しかし、僕は自らの存在がどうなろうが、このリアルを伝えることしか、突破方法はありません。もはや「死」を意識しないと、方法がないところにまで、この東京はきていると思います。僕は、自分の能力がどこまであるかは別として、限界を超えてもトライアルします。徹底的に闘いますから。

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    次のアドレスが僕の連絡先です。講演など、いろんな形でのご依頼やご相談はまずメールでお願いします。nagaikenji20070927@yahoo.co.jp





    「関東・南東北の被曝エリア(東京全域を含む大半のエリア)にいる皆さんは、放射性物質の少ないエリア、できれば愛知県から西のエリアに、移住するべきです。妊婦、子供、未成年、妊娠可能な女性は優先して移住すべきです。他の皆さんも極力移住してください。被曝から一年が経過しています。初期被曝は深刻で、慢性被曝の影響がさらに危険です。食物、飲料のみならず、吸気による被曝も軽視できません。回避する方法は限定的です。あなたやあなたの家族の命が何よりも大切です。一刻も早く移住してください。」






    木下黄太のブログ  「福島第一原発を考えます」
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    2012-07-09(Mon) 18:00 ニュース | 編集 |
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