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    「ファッション」から「今晩のおかず」までを手広くカバーする20世紀的インチキブログ『マイナス2ちゃんねる』へようこそ!
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    [20120820]
     この被曝という話を巡って、きのうの未明からからずっと考え続けています。「チェルノブイリの真実」西村書店。IAEAに協力しているイギリスの専門家の本も再度読みました。推進側の本です。その中にも、思わぬ事実があります。推進側でもここまで書いていたのかという記述があります。

     キエフは1986年の夏の間、どんな通りも絶え間なく水で洗われたそうです。悪天候で、できなくなるまでずっとだそうです。東京はキエフよりも汚染されている。もちろんそんなことは何にもしていない。キエフは1986年の10月11月に、危険だから木の葉を三十万トン埋めている。そんなことも特に東京はありません。そのまんまです。除染は、都市環境で大掛かりにやらないかぎり、そもそも、なんの意味もないのですが。東京はキエフほどもやっていないのが現実。アスファルトを剥ぎ、コンクリートを入れ替え、樹木を切り倒す。土の環境が少ないところほど効果はあるのですが、やらない。

     当時5/2付の「イズベスチヤ」のウクライナの衛生疫学局長取材は、こう伝えています。「空港・駅・および長距離バスの出発客は徹底的な放射能検査を受ける。全土で食品は厳格に規制され、厳しい暫定基準に従う。何千件ものアイス、ケーキ、飲料水の売店はキエフの街角から消え、野外マーケットで食物は売られていない。」

     ロシア人の好物、アイスクリームの屋台が、初夏のキエフから消えていた様子。「子供たちはごく短時間以上は屋外に出すな。葉物は食べるな。」とキエフの市当局がテレビで答えていたと、当時5/9の「ザ・タイムズ」も報じていた。東京とはかなりの違い。キエフ。しかも汚染は東京23区が酷いですから。

     当時5/8(木)付のデーリー・メール紙「キエフから脱出。きのう数分の間に2000人以上のこどもがモスクワ到着。恐怖におののくキエフから三つの列車到着。(中略)土曜日以降毎日、子供たちがモスクワに入っている」という記述。25万人という記載の新聞も。まだパニックがおきただけ東京よりましかもと僕は思います。

     当時のキエフの人口はおよそ250万人。ソ連邦では三番目の都市。東京を中心とした首都圏の人口はおよそ三千万人。数は十倍違う。そして東京と千葉の大半のエリアは、間違いなくキエフより被曝している現実。

     

     そして昼間に、ある男性とお話ししました。世田谷区で、この被曝状態を懸念して、おそらくもっとも本気で最前線で活動している人物です。文字通り、最前線です。都内の高い線量の場所を見つけ、様々な地域を測り続け、指摘している彼。

     「でもね、結局、東京の人は大丈夫と思っている。平気だと思っている。そういう空気が蔓延していますよ。」と彼は言う。「でも汚染は、濃縮しているんです。世田谷でも。5000Bq/kgくらいは当たり前にみつかります。普通に溜まっているところには、溜まっているんです。」と。たしかに彼の指摘したある場所は、ぼくの行きつけだったレストランの前の側溝。3.11.以降に一度も入ったことはないが、都内に戻った時に、そこの前の道を僕は通ります。ただしいつも車でしか移動しませんが。そして、彼の身に、おこったことは。

     「甲状腺がんに突然なりました。ほかのこともあって、体の検査を、短期間ごとに、欠かさずしていた。でも、これまで何の異常もなかったんですよ。この春に突然、甲状腺がすこし何かある感じだからと言われて、専門病院に行ったら、甲状腺がんと診断。今は経過観察です。」たんたんと語る彼。しかし、おそらく何かの懸念はされています。僕は最先端で闘い続けていることが、もしかしたらこの危険を呼んだのかもと、思ってしまった部分はありました。

     「自転車で動くから、危険は2.5倍と考えていますよ。でも世田谷区は危険。高い線量のことを区に報告しても、対処が一番できていない。」と語る彼。ご自身が身を賭けて、いろんなものを計測し続けています。彼のいろんな報告を知って、常人の手業ではないと、以前から、重ね重ね、僕は思っていました。ある意味で「神の手」に近い人。しかし、その結果、彼にいろんなことがさらに突きつけられているという現実を知ったのです。

     「やるしかないですよ。国も自治体も何もしないから。だから、やっているだけ。」そう語る、彼。ある意味、覚悟を持って闘う人間の意思を聞かされた思いです。身を本当に削っている方に、「御身大事に」という事さえためらわれます。

     おそらく、福島にもこういう方はいます。東京にも他にも少しはいるでしょう。しかし、その闘いは厳しくなります。本当に厳しくなって、僕の中に有効な答えはありません。彼には、甲状腺画像診断の事、核種検査の事、他の甲状腺がんの状況などは話しました。ただ、有効な出口はみつからないまま闘いは続きます。

     彼は、最後にこう言いました。「世田谷は本当に危険ですよ。」と。









    木下黄太のブログ  「福島第一原発を考えます」
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    2012-08-20(Mon) 12:00 ニュース | 編集 |
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